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 via:努力しても決して幸せになれない理由

 幸福の相対化が、幸せを感じることを困難にしているという主張は理解できます。競争によって他者より優位に立つことで幸せを感じる。そういう面は確かにあるでしょう。ただし、何もその優位性が、経済的な裕福さによるものでなくても良いのではないでしょうか。

 例えば、学者や芸術家は金銭とは別の優位性を求めていると思います。経済的に豊かになることだけが幸せの条件ならば、誰もこれらの職業には就きません。もちろん、その難易度から多額の報酬を得られる場合もありますが、それは特殊な例であって、確実に金銭を儲けたいなら他の選択肢を選んだはずです。彼らは経済的豊かさとは別の評価軸を持っているといえます。

 また、優位性は何も他人に対してだけ生まれるものではありません。努力によって、過去の自分より相対的に上位になることで満足感を得る。過去の自分を敗者にすることで幸せを感じることも可能です。内面の競争であれば、他人を敗者にする必要性はなくなります。

 確かに、人間の生活の中で資産は重要な要素です。しかし、衣食住に不自由しない程度の資産があるならば、それ以上を求めるかどうかは個々の価値観によると思います。資産で他人より優位に立てそうなら、金稼ぎに精を出して幸せになれば良いし、それが無理若しくは性に合わないのなら、他の部分で優位に立てるよう競争すれば良いのです。

 どこまで上位にあれば幸せを感じられるかは個人により違うはずですが、いかなる分野、人間関係においても幸せを見出せそうもないような人物は、そもそも幸福追求の方向性が間違っています。そのような人物には、現実的な方向に修正するという努力が必要でしょう。日本のごく一般的な家庭に生まれておいて、絶対に幸せになれないなどと考えるのは視野が狭すぎると言わざるを得ません。

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